ふしぎデザインブログ

デザイン事務所「ふしぎデザイン」の仕事やメイキングについて書くブログです。

第5回 ニコ技術深セン観察会に参加して感じたこと

2016年の8月15-16日、お盆休みを利用して、チームラボの高須さんが主催する「ニコ技深圳観察会」に参加してきました。
このイベントは、製造業の世界的中心地であり、ハードウェアスタートアップが集う街でもある深圳の様々な現場をめぐり、刻々と変化するものづくりシーンを視察するもので、今回で5回目の開催だったようです。
 
ドローンがその辺を飛び回り、露天でホイホイ売られている街 深圳
参加したきっかけ
 
深圳観察会を知ったきっかけは、高須さんが執筆した本「メイカーズのエコシステム」を読んだことです。
自分の知らないものづくりの世界があまりに熱っぽい筆致で紹介されており、買ってから一気に読みきってしまいました。(本当に面白いからみんな読もう!)僕同様にこの本にハマった、音楽ユニットMother Terecoのきみちゃんこと佐藤公俊くん経由で高須さんとつながることができ、トントン拍子でツアーに参加することを決めました。
深圳は想像していた以上に強烈なスピードで活動する都市で、僕は終始空いた口がふさがらないような状態でした。
参加者はそれぞれレポートを書くということで、僕は自分が面白いと感じた以下のポイントに絞って文章を書きました。
 
・深圳の若さについて
・深圳のデザインについて
・深圳のカオスなエコシステムについて
 
ちょっと長いですが、最後まで読んでもらえると嬉しいです。
 
 
 
若い巨人、深圳
 
深圳のみならず中国で感じたことは、とにかく「若い」ということ。
街角には若者が沢山歩いているし、ショッピングセンターには赤ちゃんや小さい子ども連れの家族が圧倒的に多い。(そしてみんなよく道端で何かを食べている。うらやましい)日本に帰ってきてから、この国はおっちゃんおばちゃんが多いな~と自然に思うほど、ぱっと見て平均年齢が低い。
 
深圳の前に訪れた上海のファッションビル とにかく人が多く、子どもと若者の割合が高い
 
深圳のショッピングセンター。そこかしこで食事をしていて、食べているものがやけに美味そうに見える
 
それは企業や組織でもそうで、例えばオフィス街の一等地に居を構えるファブラボ「深圳オープンイノベーションラボ」(SZOIL)は3ヶ月前にはまだ部屋しかなかったというし、深圳のハードウェアスタートアップを象徴する、なんでも作れる組み立てキット製造の「Makeblock」は2013年の創業で、日本語堪能の営業担当者は20歳と22歳だという。
 
Shenzhen open innovation labではvickyさん(後ろ向きの女性)が丁寧に施設の説明をしてくれた
 
メイカー用試作キットというにはあまりに万能で安価なMakeblockに若干引く(いい意味で)
ごく少量からの基盤製造、メイカー支援やMakerFaire運営を行う「Seeed」のオフィスの壁には、手描きのグラフィティでロゴが誇らしげに描かれていたり。
 
Seeedのオフィスの手作り感が最高にクールでした
 
高須さんも書かれていたが、深圳には「明日は今日よりも良くなる」というポジティブな空気があって、人々の表情であったり場所の造作からそれを読み取ることができる。昨日まで何もなかったからこそ今日は自由に働くことができて、それが明日を耕すんだという、ある意味無邪気にも見える価値観があるみたいだ。
 
若さは速さとなって現れる。深圳はいますごい速度で成長を続けており、それを体現するチームをツアーではいくつも見ることができた。2日目に訪問したホームユースのお手伝いロボを開発するスタートアップ「NXROBO」はたった1年で、実働するロボットをコンシューマー向けのデザインも含めて組み上げた。最初はルンバにkinectを載せたようなプロトタイプに始まり、それを独自設計に置き換え、金型仕様の成形品データを作り、外装のファブリックを選定し、実働品のモックアップを作り上げたとのこと。1年って、そんなに長い時間だったっけ?
 
NXROBOのCEO Tinさんとロボット「BIG-i」の2ショット
 
このような状況は、製造業が先行き不透明でなんだか元気のない日本からしてみるとすごく良い環境のように思えるが、日本にもこのような若い時期があったのだと思う。僕は想像することしかできないが、松下幸之助が電球ソケットを売っていたり、本田宗一郎がバイクを作っていた時期には、もしかしたら同じような雰囲気があったのではと思う。
もちろん若さゆえの危うさのようなものもあって、一般的な工場の労働条件は良くないように見えた。(実際、見学したPCB(プリント基板)工場では、危険なプレス機を極めてラフに扱うおっちゃんがいた)また、環境に配慮する意識なんてものも、ほとんどの小さな工場ではまだ持っていないだろう。
 
いかにも危ないプレス作業をするおっちゃんに、ツアー参加者から心配の声が続出
 
少し上でも書いたが、深圳の街を見ていると、2016年の今、日本で製造業に関わることの意味を考えさせられる。社会として年を取り、低成長・定常社会に移るとも言われる環境下で、元気でありつづけるには何が必要なんだろう?と考えるのも、それはそれでクリエイティブなんじゃないかと思えるからだ。
 
―明確な答えなんてないだろうけど、僕はものづくりの持つカルチャーとしての力は、まだまだ日本でも面白いんじゃないかと思う。個展をやったときのトークショーYCAMの津田さんが言っていたような「ものづくりの文化的側面」、多様化して拡散していく「ものの力」を信じたい。というか自分で少しでも作らなきゃね!
 
 
 
「デザイン」の役割について
 
もうひとつ、自分が仕事としている工業デザインの役割についても思い直すことがあった。
「インダストリアルデザインは、製品の付加価値を上げるために生み出された職能だ」ということを再確認させられたのだ。
 
深圳の中心部にある華強北(ファージャンペイ)エリアには、無数の部品屋から怪しげなコピー製品(山塞/シャンザイ)を売る商店、一流の製品を売るアンテナショップ、果てはスマホの部品をバラして販売するヤミ市まで、深圳に住むエンジニア達の台所としてあらゆる需要に応える店が揃っている。
 
野生のホバーボード、野生の電気自転車、そしてここにも赤ちゃん
 
こんな塩梅でスマホの部品などを道端で売っている。八百屋じゃないんだから
 
華強北では最近「デザイン」が流行っているらしく、売っている製品のルックスがかなり向上しているようだ。高須さんのツイートにも見られるように、確かに洗練されたスタイリングの格好いいものが売っていた。分かりやすい話として、同じ性能でも、デザインにコストをかけて格好良くすれば倍の値段で売れるという事情があるらしく、じゃあデザインを取り入れようかとみんなが思っているらしい。
 
華強北には深圳の発明品を展示する施設もあり、デザインは総じてハイクオリティ
 
日本の、特にコンシューマー製品では「デザイン」は一通り行き渡っていて、新製品のルックスを飛躍的に良くするのはなかなか難しい。なので売るための方策として、「できるだけ安いコストでできるだけ高く見えるような加飾をする」ことが重要な命題となっている。それを揶揄して、「ガワ」のデザインという言葉が使われることもあるくらいだ。
 
では以前の「インダストリアルデザイン」は、もっと本質的な作業が行われていたかといえば決してそうではなくて、やっていることは多分同じだったのだろう。より格好いいガワを考案して高く売る。これだけだ。ただ、その有効性と方法は変わってきている。
僕の通っていた大学では、学生の間に「売らんかなのデザインはダサい」という共通認識のようなものがあり、僕もそういう態度をとっていた。でも実際会社で働き始めてみると、デザインは「売るための技術」で、そこに使用性の向上とか、自分なりの考えのようなものを忍び込ませる事ができれば上々、というように存在しているのだった。
 
最初はそれに違和感を覚えたけれど、このツアーを経て、自分の中でなんとなく納得できたような気がする。工業デザインって、成り立ちからしてそういうものだったんだな!w
もちろん、デザインはそう単純なものではなく、商業ベースのローウィ的考え方と、文化ベースのバウハウス的考え方の両輪に支えられているものだと思うし、僕はスペキュラティブデザインインクルーシブデザインなど、現代の文化的デザインもめちゃくちゃ面白いと思うけれど、2016年の深圳で「デザイン」がシンプルに価値を生み出しているのは、なんだかちょっと破壊的で痛快でした。
 
 
それから、深圳デザインの象徴のように見えた、indare designのことについても書いておきたい。
先述したSZOILが入居する「Sino-Finish Design Park」は中国とフィンランドが共同で(おそらく、中国政府がすごい額のお金を使って)作ったデザインカンパニーが多数入居する複合施設で、かのステファノ・ジョバンノーニの事務所分室も入っている。その中のひとつ、現地のデザインファーム「indare design」を見学することができたのだけれど、ここがすごかった。
 
オフィスは若いスタッフとデザインスケッチ、製品サンプルでいっぱい
 
CMFが大事なのは中国でも変わらないようだ。サンプルがどっさり
 
フロアの入り口にはIFやReddot(どちらも世界的な工業デザインアワード)のトロフィーがゴロゴロ置いてあり、オフィスには若いデザイナーとデザインスケッチ、素材サンプルや資料が所狭しと並べられており、いかにも「仕事沢山やってます!」という雰囲気。置いてあるサンプルを見てみると、自社開発だというスマートウォッチや電動歯ブラシ、イヤホンなどのメカものが多い。
正直、自分の中にも、中国のデザインはヨーロッパや日本の後追いだという偏見があったのだけれど、この場所を見たことで、そんな思いは完全に払拭しなければいけないなと痛感させられた。今はまだ中国から名のある工業デザイナーが数多く出るという状況には至っていないけれど、5年後10年後にはまるで状況が変わっているだろう。
 
このように、「デザイン」に対する見かたを更新できた事が、今回の旅のひとつの成果だったと思う。
 
 
 
カオスから生まれるオリジナル
 
ツアー1日目、Seeedを訪問してプレゼンを聴いたあと、プレゼンターのSeeed社員Shuyangさんとツアー参加者の間で面白い会話があった。
 
Seeedと深圳のエコシステムについて熱く語ってくれたShuyangさん
 
魑魅魍魎のようなコピー製品群「山塞」は、特許やクリエイティブ・コモンズのような発明促進のための仕組みとして働いている、という指摘だ。このコンセプトはSeeedのプレゼンの中で説明され、その後の質疑でさらに深く掘られていた。
会話が英語だったのですべてを聞き取ることは出来なかったけれど、大体以下の様なことが言われていたと思う。
 
・新しい製品が出ると即座にそれがコピーされ山塞製品が大量に生まれるが、そのプロセスによって深圳のエンジニアリング力が急上昇している
・山塞製品はただのコピーではなく、音楽で言う「リミックス」のようなものであり、それを繰り返すことで特異な発明が生まれる。玉石混淆に見える山塞の群れが深圳のクリエイティブを担保している
・特許はもともと発明家のアイデアを保護することで支援する仕組みだったが、現代ではむしろ足かせになっている場合が多い。山塞は特許的世界観の倫理を超越してしまっているが、それ故に特許とは別の形でエコシステム(ものづくりの生態系)の発展に寄与している
 
次々生まれるコピー、リミックス製品は規制しようと思うだけ無駄
 
なるほど、特許と意匠の世界で生きる人間にはかなりのぶっ飛び理論に聞こえるかもしれないが、とても的を得ていると思う。
僕はこれを聞いたときに、音楽のシーンが盛り上がるときのことをなんとなく連想した。あるジャンルが成立するときって、最初のエポックメイキングなアルバムが出た後に、そのフォロワーがブワッと増え、塊となって新ジャンルを成立させる。そこでは、これはあの曲に似ているからダメとか、雰囲気が一緒だから良くないなどという野次よりも、次々と生まれるリミックスの中から「次の一曲」が生まれる期待感の方が大きそうだ。クリエイティブな「まね」を繰り返すことで、いつしか本当にオリジナルなものが生まれるという原理。それは工業製品でも起こりうるもので、それこそが深圳のエコシステムの中核を担っているという分析に、僕はすっかり魅了されてしまった。
 
今回のツアーでは途中で離脱したため見ることができなかったが、ハードウェアスタートアップの養成施設であるHAXでは、そのような土壌の中からよりぬきのプロダクトが産まれているらしいし、2日目に訪問した深圳メイカースペースの元祖Chaihuo Makerspaceのようなインディーズからも、一種独特なもの達が次々飛び出してきている。
深圳のカオスなエコシステムは、山塞という無限のエネルギーをベースにした、ハードウェアという付喪神たちの百鬼夜行のように見えた。そこで蠢く楽しげな妖怪たちの力は、外の世界から見るよりさらに強力なのかもしれない。
 
大衆、科学、デザインなどいろいろな要素を横断するのがMAKERだという、夢あふれる図と高須さん
 
 
Chaifuo Makerspaceは深圳最初のメイカースペース。伝説的人物のViolet Suさんに案内して頂い
 
以上、深圳ツアーに参加して思うところを書いてみました。
 
ツアーについてもっと知りたい場合は、他の参加者の方々がもっと詳しくブログを書いています。(高須さんの感想まとめへのリンク)
また、メンバー間共有の写真アルバムもありますので、ぜひ見てみてください。
 
これを読んで、深圳見てみたいなと思う人が一人でも増えれば幸いです。
改めて、ツアー主催の高須さん、参加者の皆様、ありがとうございました!今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
 
秋山